東京高等裁判所 平成6年(う)1180号 判決 1996年6月28日
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中、被告人A、同B、同Cに対し各七〇〇日を、被告人Dに対し一五〇日を原判決のそれぞれの刑に算入する。
当審における訴訟費用中、証人若生敏彦に支給した分はその五分の一ずつを各被告人の負担とし、証人Fに支給した分はその四分の一ずつを被告人A、同B、同C、同G子の負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人幣原廣、同藤沢抱一、同佐竹俊之、同中小路大、同西村正治が連名で提出した控訴趣意書及び被告人A、同B、同C、同G子、同Dがそれぞれ提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官新井克美、同遠藤英嗣が連名で提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
一 本件事案の概要及び捜査経過について
まず、原判決が認定した犯罪事実は、被告人A、同B、同C、同G子は、Hほか数名と共謀の上、治安を妨げ、かつ、人の身体・財産を害する目的をもって、昭和六一年八月中旬ころから同年一〇月一〇日ころまでの間、岩手県内の原判示のいわゆる岩手借家で、手製爆弾二式(アルミ合金製圧力鍋に鉛玉、塩素酸カリウム・硫黄・木炭粉末の混合爆薬及び黒色火薬を詰め、手製雷管を装置したものを延長コードにより起爆用スイッチボックスと接続させる構造のもの)を製造し(原判示第一)、被告人Dは、Iと共謀の上、右同様の目的をもって、同月一一日午後六時五分ころ、宮城県岩沼市内の原判示の路上で、小型四輪貨物自動車の荷台に右爆弾二式を積載して所持し(同判示第二)、被告人A、同B、同Cは、共謀の上、右同様の目的をもって、翌一二日、岩手借家で、手製起爆装置一五個を所持するとともに、法定の除外事由がないのに、黒色火薬等の火薬類約二〇・五九六キログラムを所持した(同判示第三の一、二)というものであり、以上の各事実は、原判決の掲げる関係証拠に証拠能力が認められる限り、これらにより優に認定することができる。
次に、被告人らの逮捕、証拠物の押収等についての経緯を原審記録により概観する。昭和六一年五月四日、東京都港区赤坂の迎賓館に向け、金属弾が発射される事件(以下「五・四迎賓館事件」という。)が発生し、中核派が犯行声明を出すなど、いわゆるゲリラ事件が多発する状況下で、岩手県警が、警察庁長官発出に係るテロ・ゲリラ対策を強化することを要請する通達に従って、いわゆるアパートローラー作戦を強化するうち、同年九月中旬ころ、岩手借家が中核派のアジトとして浮上し、非公然武器製造アジトである疑いがあったことから、その周辺で張り込みを行っていた同年一〇月一〇日夜、岩手借家の車庫に小型トラック(以下「本件車両」という。)が駐車し、翌一一日午前六時過ぎ、荷台に青色シートを掛けた状態で車庫を出るのを認めた。本件車両は、岩手県警更には宮城県警の警察官らの車両に追尾され、午後六時五分ころ、原判示第二の宮城県岩沼市内の路上に至った際、宮城県警警察官らにより停止を命じられた。本件車両の運転席にはIが、助手席には被告人Dがいて、Iに対し、職務質問が行われたが、Iは、積荷の内容を含め質問に答えず、積荷の内容を見せるように求められても拒否し、行き先などについても明らかにしなかった。途中午後七時ころ、東京から五・四迎賓館事件捜査担当の警視庁警察官らも駆け付けたが、警察官らは、午後八時二〇分過ぎころ、更に職務質問を続けるためにI及び被告人Dを岩沼警察署に別々の車両で同行し、Iが先に到着し、被告人Dが遅れて午後八時四二分ころ到着した。そのころ、警視庁は、五・四迎賓館事件を被疑事実として本件車両、その乗員の身体に対する捜索差押許可状及び岩手借家に対する捜索差押許可状を得て、新幹線で運び、午後一一時四五分ころ、右各捜索差押許可状が岩沼警察署に到着した。そして、警視庁警察官の指揮の下に、同月一二日午前零時ころ、本件車両関係の捜索差押許可状の執行が開始され、I及び被告人Dの各身体の捜索と岩沼警察署に運び込まれていた本件車両の捜索が行われ、本件車両の荷台の積荷から原判示第一の手製爆弾二式やリュックサック等が発見され、リュックサックのポケットにはカッターナイフが一本入っていた。I及び被告人Dは、右カッターナイフにつき軽犯罪法の正当な理由のない隠匿携帯に当たるとして現行犯逮捕された上、東京に護送され、午後四時四五分ころ、警視庁司法警察員に引致された。右手製爆弾二式については、警視庁警察官が仙台簡易裁判所裁判官から差押許可状及び鑑定処分許可状の発付を受け、岩沼警察署において差し押さえて鑑定したところ、午後三時三〇分ころ、圧力鍋の一個につき爆発物であるとの鑑定結果が出たので、警視庁警察官は、I及び被告人Dに対する爆発物所持の被疑事実による逮捕状を仙台簡易裁判所裁判官に請求し、午後六時三〇分ころ、その発付を受けて、これを警視庁に送った。I及び被告人Dは、午後一〇時三〇分ころ、軽犯罪法違反の被疑事実については釈放された上、右爆発物所持の被疑事実による逮捕状を執行された。一方、前記五・四迎賓館事件の岩手借家に対する捜索差押許可状は、警視庁警察官が同月一二日午前七時ころ岩手県警に持参して、その執行を嘱託した。岩手県警警察官らは、午前八時前ころ、右捜索差押許可状に基づき岩手借家に立ち入ったが、室内にいた被告人B、同Cが午前八時三分ころ、同Aが午前八時四分ころ、それぞれ公務執行妨害の事実により現行犯逮捕されて、県警本部の司法警察員に引致され、同じく室内にいたHが県警本部に任意同行され、被告人G子が付近の捜査車両に移されて職務質問を受けた。被告人G子は、午後六時ころ県警本部に同行された上、午後六時五五分ころ、火薬類取締法違反の被疑事実により通常逮捕された。岩手借家に対する五・四迎賓館事件の捜索差押許可状に基づく岩手県警の捜索差押は、それから同月一七日午前まで行われ、引き続き、同日昼ころから翌一八日まで、前記のI及び被告人Dによる爆発物所持を被疑事実とする捜索差押許可状に基づく警視庁の捜索差押が行われ、以上の捜索により原判示第三の一、二の手製起爆装置一五個及び火薬類約二〇・五九六キログラムが発見されて差し押さえられた。
二 爆発物取締罰則の違憲性の主張等(弁護人らの控訴趣意第二、被告人Aの同(二)、同Bの同2及び3の(1)、(2)、同Cの同第二章、同G子の同第一章、同Dの同第二章)について
各論旨は、要するに、爆発物取締罰則は違憲無効であり、また、その運用ないし適用においても違憲であるのに、いずれの点も合憲と判断している原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあり、かつ、同罰則三条以外の規定の違憲性及び同罰則の運用違憲をいう被告人側の主張について判断を示していない点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。そして、所論は、(1)爆発物取締罰則は、太政官布告であり、厳密には命令ですらないが、仮に命令としても、日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(昭和二二年法律第七二号)一条が「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するものは、昭和二二年一二月三一日まで、法律と同一の効力を有するものとする。」と定めたことにより、同日限りで効力を失っているから、同罰則を適用して被告人らを処罰することは憲法三一条に違反する、(2)同罰則は、その制定過程等にかんがみ、治安立法というべきであって、憲法二一条、一九条及び一四条に違反する、(3)同罰則の「治安ヲ妨ケ」という概念は広範かつ不明確であり、その他「爆発物」、「使用」、三条の「第一条ノ目的」という概念も不明確であいまいであるから、そのような概念による刑罰規定は憲法三一条に違反する、(4)同罰則は、残虐な刑罰を定めており、法定刑が極めて重く罪刑の均衡を著しく失しているから、憲法三一条及び三六条に違反する、と主張する。また、運用ないし適用違憲をいう点については、(5)同罰則は、政治思想を弾圧するために差別的に利用されてきたという運用の実態からして、思想信条の自由を抑圧し制限する手段であり、公共の危険がいまだ発生していない本件事案のような場合にこれを適用することは、被告人らの反体制的な思想信条を弾圧するためにほかならないから、憲法三一条、二一条、一九条及び一四条に違反する、と主張している。
所論は、爆発物取締罰則全体の違憲性を主張し、原判決が、「本件は、爆発物取締罰則三条を適用すべき事案であるから、弁護人が同条以外の同罰則の条項の憲法違反をるる主張する点については、判断の必要がない。」と判示したことの不当をいうが、右の判示は決して不当ではなく、当裁判所も以下にこれと同じ手法を採る。また、原判決は、爆発物取締罰則の従前の運用実態に言及していないが、適用違憲の主張はこれを排斥し、被告人らに対して同罰則三条を適用しているから、運用違憲の主張も排斥したものと認められる。原判決には、所論のような訴訟手続の法令違反はない。各論旨はいずれも理由がない。
そこで、まず、(1)の爆発物取締罰則が法律としての効力を有しないとの所論につき検討する。旧憲法七六条一項によれば、太政官布告も旧憲法に矛盾しない限り、すべて遵由の効力を有するものとされ、太政官布告の形式で制定された爆発物取締罰則の内容が旧憲法と矛盾する点はないので、旧憲法下において同罰則が遵由の効力を有していたことは当然である。しかも、旧憲法二三条により「処罰」規定は法律をもって定めることになっていたから、「処罰」規定である爆発物取締罰則は、実質的に法律と同様の効力を認められたものである。さらに、その後の二回の改正は、いずれも法律により行われている。すなわち、その一つは、旧憲法下で制定された刑法(明治四〇年法律第四五号)の施行に当たり、同法施行法(明治四一年法律第二九号)二二条二項が「爆発物取締罰則一〇条ハ之ヲ廃止ス」と規定して刑事責任年齢についての特則を廃止し、他方で、同罰則のその他の条項については廃止若しくは効力を否認するための何らの立法措置も講じなかったことであり、その一つは、大正七年法律第三四号が同罰則の法定刑を緩和する等の改正をしたことである。爆発物取締罰則は、この第一回目の改正手続を経ることにより、形式的にも法律としての効力を有するものになったというべきである。したがって、同罰則は、日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(昭和二二年法律第七二号)一条にいわゆる「命令」に当たらない。以上の趣旨は、既に最高裁判所昭和三四年七月三日判決・刑集一三巻七号一〇七五頁が判示するところであり、これと同旨の見解に立ち、爆発物取締罰則が今日においてもなお法律としての効力を有するとした原判決の解釈は正当である。所論が右判例を批判して種々主張する理由のうち、その根幹をなすのは、旧憲法七六条一項の法意につき、太政官布告は「太政官布告として」遵由の効力を認められたのであって、「法律として」の効力を有するに至ったことを意味しないという点にあると思われるが、旧憲法が規定する法形式は、法律、命令等であって、太政官布告という法形式はないから、「太政官布告として」遵由の効力を認められたとの所論は論理的でなく、問題は、当該太政官布告が法律としての効力を認められたのか、命令等としての効力を認められたのかということにある。爆発物取締罰則については、既述のとおり法律としての効力を認められたものであり、それゆえに、その後の改正が法律によって行われたのである。
次に、(2)の治安立法であるとする所論について見るのに、それは、爆発物取締罰則が思想信条を処罰の対象とし、あるいは特定の思想信条を理由として刑罰を科すものにほかならないという趣旨に解されるところ、立法事実として所論のような政治的背景があるとしても、同罰則の内容は、明らかに、思想信条とは関係のない爆発物の製造、使用、所持という外部に現れた客観的に危険な行為自体を処罰の対象としている。また、同罰則にいう「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスル目的」とは、一般的に反社会性の高い目的をいうのであって、特定の思想信条を理由に重罰を科す趣旨のものではない。これに関連して、(5)の爆発物取締罰則につき政治思想を弾圧するために差別的に利用されてきたとして運用違憲をいう所論は、その論拠として、同罰則を適用した裁判例のうち、圧倒的に多いのが公安事件であり、暴力団事件、右翼事件、一般事件のそれはごくわずかであるという点を挙げているが、このことから、実際にそのような実態があるとはいえても、政治弾圧のための差別的運用がされているとは到底認められないから、運用違憲をいう所論はその前提を欠き、さらに、被告人らに対する爆発物取締罰則三条の適用が被告人らの思想信条を弾圧するためのものであるとして適用違憲をいう所論も、被告人らが同条所定の客観的に危険な行為をしたと認められるがゆえに同条が適用されるのであって、その思想信条を理由とするものではないから、適用違憲の所論も採用することができない。
(3)の構成要件の不明確をいう所論については、爆発物取締罰則三条にいう「第一条ノ目的」とは、治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的にほかならず、「治安ヲ妨ケ」るとは、公共の安全と秩序を害することを意味し、「爆発物」とは、理化学上の爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において、薬品その他の資材が結合している物体であって、その爆発作用そのものによって公共の安全を乱し又は人の身体財産を害するに足りる破壊力を有するものを意味し、爆発物の「使用」に供すべき器具とは、爆発物を爆発すべき状態におくために用いられる器具をいい、これらの概念は、社会通念に照らして、いずれも明確であるといえる。
また、(4)の罪刑の均衡等をいう所論についても、爆発物取締罰則三条の行為の危険性、重大性に照らせば、同条に定める刑が所論のように苛酷なもので罪刑の均衡を著しく失するものとはいえず、立法政策の問題としてその裁量の範囲内に属するというべきである。
以上のとおりであって、爆発物取締罰則三条の規定が違憲であり、その運用ないし適用においても違憲であるとの所論はいずれも採用することができず、原判決には所論のような法令適用の誤りはない。各論旨はいずれも理由がない。
三 訴訟手続の法令違反の主張(弁護人らの控訴趣意第三、被告人Dの同第三章)について
各論旨は、要するに、原判示第二につき、端緒となった職務質問はその要件を欠き、岩沼警察署への任意同行も違法であり、それに続く捜索差押と被告人Dの逮捕も違法であって、このような違法な捜査により起訴することは許されず、押収した証拠物及びその鑑定書等は証拠として許容されないものであるのに、被告人Dに対し公訴棄却の言渡しをせず、かつ、右の証拠物及びそれに基づき得られた鑑定書等を証拠として採用し有罪の認定をした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。論点は多岐にわたるが、以下に、1岩沼市内の路上における職務質問、2岩沼警察署への同行とその後の職務質問、3原判示第一の手製爆弾の証拠能力、4軽犯罪法違反の事実による現行犯逮捕の順にそれぞれの適否ないし効力について判断を加える。
1 岩沼市内の路上における職務質問について
原判決がこの点に関して詳細に認定している事実関係の要点を摘記すると、次のとおりである。昭和六一年一〇月一一日早朝に中核派の非公然武器製造アジトの疑いがある岩手借家の車庫を出た本件車両は、荷台の青色シートに覆われた積荷に衝撃を与えないように低速で走行し、かつ、後方から追尾されていないか警戒している様子が見られたことから、岩手県警は、積荷が爆弾等の危険物を含む武器ではないかと考え、他の東北各県の県警本部に対し、中核派非公然アジトと目される場所から本件車両が段ボール箱ようの物を積み込んで出発したので他県を通過する可能性があること及びそのナンバー、特徴、進行方向等を通報手配した。宮城県鳴子町から職務質問の現場付近まで約四時間半にわたり本件車両を追尾した宮城県警公安課の警察官大野秀則は、本件車両が必要のない迂回を繰り返し、振動を避けようとするように慎重に運転し、あるいは乗員が後方を警戒している様子を見て、積載物はやはり爆発物のような振動に弱いものではないかと考えた。一方、上司から職務質問をするように指示されその指揮をとった同県警警備課の警察官蔵本守昭は、県警本部から、本件車両が岩手県の非公然アジトから出てきたもので爆発物を搬送している疑いがあることを知らされ、中核派の機関紙「前進」に機動隊の累々たる屍を作り出せというような記事が掲載されていたことや、現に右のような振動を避けようとして慎重に走行する等の運転態度からして、成田闘争との関係で爆発物を成田又は東京に搬送している疑いが強いと考えて、職務質問を開始した。それから二時間余りにわたり職務質問を行ったが、助手席の被告人Dは、電卓ようの物の表示部をボールペンで突いたり、便箋大の紙を口に入れてそしゃくし梨を食べて飲み込んだりするという極めて不自然で疑わしい行動を取っていた。また、運転席のIは、既述のとおり、積荷の内容を含め質問に答えず、積荷の内容を見せるように求められても拒否し、行き先などについても明らかにしなかった。その途中、警視庁公安第一課から駆け付けた警察官若杉秀康から、Iが中核派の非公然活動家であり、助手席の男も同じく中核派非公然活動家の被告人Dに似ていると告げられた蔵本は、何としても積荷の中身に対する疑いを解明する必要があり、その間に判明したIが他人名義の車検証の本件車両を運転している点やタイヤが擦り減っていて整備不良の疑いがある点も併せて解明しようと考えたが、職務質問の現場が暗く、雨で寒くもあり、交通妨害にもなるため、約四キロメートル先の岩沼警察署への任意同行を求めた。以上の事実は、原審で取り調べた関係証拠によりすべて肯認することができる。
これに対して、所論は、まず、職務質問開始時点で積荷が爆発物ではないかと強く疑われる状況にあったとの事実認定には重大な事実誤認がある、というのである。しかし、宮城県警本部は、岩手県警から、中核派非公然アジトと目される場所から本件車両が段ボール箱ようの物を積み込んで出発したので他県を通過する可能性がある旨の通報手配を受けていた上、本件車両を長時間にわたって追尾した大野から、刻々と前述の本件車両の走行状態、乗員の警戒する様子等についての無線情報を得ていた(大野の原審証言)のであって、これらの情報を前提にすれば、宮城県警本部が、本件車両の積荷について爆発物であるとの疑いを持ったことには客観的な合理性があり、したがって、蔵本に職務質問を指示したことは相当である。また、実際に職務質問の指揮をした蔵本の「本件車両が岩手県の非公然アジトから出てきたもので爆発物を搬送している疑いがあることを県警本部から知らされていたし、大野からの本件車両の走行状況に関する無線連絡もおおむね傍受していた。中核派の機関紙「前進」には機動隊の累々たる屍を作り出せというような記事が掲載されていたので、成田闘争との関係で爆発物を成田又は東京に搬送している疑いが強いと考えた。」旨の原審証言は、前記の岩手県警と大野からの情報に照らして、信用することができる。次に、所論は、職務質問の初めころ警察官が本件車両の前輪に車止めを装置した点につき、強制的に現場にとどまらせたことの違法をいうが、原判決が、これは本件車両の急発進による警察官の危険を回避するためのやむを得ない措置であり、約三〇分後には取り外しており、Iや被告人Dからも車止めを外すように求められていない等の事情に照らすと、この一事をもって強制的に現場にとどまらせたものとはいえない旨判示するところは、決して不当ではない。さらに、所論は、職務質問の間に、Iが、二、三回、弁護士を呼ぶように警察官に要求し拒否されたことにつき、積荷が爆発物ではないかと強く疑われている者は既に被疑者であるから、弁護人選任権が無条件に保障されなければならず、警察官が弁護士への連絡を拒否したことは弁護人選任権の侵害に当たる、というのであるが、被疑者であると否とを問わず、身柄の拘束もない段階においてその者から弁護人への連絡を依頼されたからといって、直ちにその警察官自身が弁護人に連絡すべき義務はないし、蔵本の原審証言によれば、弁護士を呼ぶように要求し拒否されたIは終始運転席におり、自ら電話を掛けにくい素振りを示したことはなく、警察官が連絡を妨げた事実もないことが認められるから、弁護人選任権を侵害されたという所論は前提を欠く。
してみると、爆発物の運搬が疑われる状況下において、そのような不審な行動をしている者に対し、警察官職務執行法に基づき職務質問を開始することは、許された職務行為であるといえる。そして、Iが中核派非公然活動家であり、被告人Dが非公然活動家に似ていることが判明した上、同被告人が不審な行動を取り、Iが積荷の内容を見せることを拒否する等の態度に出ていることに照らすと、原判決が判示するとおり、蔵本ら警察官が積荷につき爆発物ではないかとの疑いを一層強め、二時間余りにわたり職務質問を継続したことをもって、職務質問のための停止として許容される限界を逸脱したものということはできない。また、疑いを解明するため職務質問を続行するにつき、天候、交通状況などから見て、岩沼警察署までの任意同行を求めたのも、相当な措置と認められる。
2 岩沼警察署への同行とその後の職務質問について
同じく、原判決がこの点に関して詳細に認定している事実関係の要点を摘記すると、次のとおりである。Iは、警察官からタイヤの摩耗状態の確認を求められてドアを開けたとき、警察官から肩に手を掛けられて降車を促された事実はあるが、警察車両で岩沼警察署に赴くことについては抵抗をしていない。岩沼警察署に到着後は、人定関係及び積荷について職務質問を受け、ほとんど黙秘していたが、弁護士を呼ぶように求めたことはある。一方、被告人Dは、Iが警察車両で岩沼警察署に向かった後、警察官が同被告人を本件車両に乗せたまま発進させようとしたのに対し、運転させまいとしてエンジンキーを後方に投げ捨てた。警察官がエンジンキーを拾って発進させたが、しばらくして、突然同被告人が助手席のドアを蹴り開け飛び降りようとし、隣の警察官に引き止められた。その際、警察官が一緒に来た警察車両に移るように言ったところ、同被告人は、自分で歩いて警察車両に乗り、その場から立ち去る気配を見せなかった。岩沼警察署に到着後の約三〇分間、両脇を警察官に挟まれた形で待機させられ、その後、警察官に挟まれた状態で二階の補導室に入った。そこで、人定関係及び積荷についての職務質問を受けた。途中、同被告人が弁護士を呼ぶように求めたのに対し、蔵本が「自分で呼んだらいいじゃないか。」と言って応じなかったが、同被告人は、自ら弁護士に電話しようとしたり、補導室を退去しようとはしなかった。また、部屋の出入口には警察官が立ち、同被告人が一度便所に行った際には、警察官が便所出入口まで付いていき、中を見ていた。以上の事実は、原審取調べの関係証拠によりすべて肯認することができる。
これに対して、所論は、被告人Dが本件車両から警察車両に乗り換える際、警察官に羽交い締めにされて連行された、というが、同行した警察官遠藤清吾の原審証言と対比して、にわかに採用し難い。所論は、また、被告人Dが自ら弁護士に電話しようとしたり、補導室を退去しようとはしなかったとの点は事実の誤認である、という。しかし、同被告人に直接職務質問をした警察官若生敏彦の当審証言も、右の事実を認めているから、原判決の認定に誤りはない。
以上の状況を前提にして、原判決は、被告人Dを職務質問の現場から岩沼警察署へ同行したことは、全体として同被告人の意思に反した強制的な連行であって、警察官の職務の執行として適法性を欠き、その後同被告人が岩沼警察署の補導室に留め置かれて職務質問された点も、右の強制的な連行に引き続くものである以上、その意思に反するものである旨の判断をしている。当裁判所も、所論がいうような実質逮捕とは認めないものの、原判決の右判断を是認すべきものと考える。証拠によれば、この強制的な連行から職務質問の終了までの時間は、三時間余りであり、この間、本件車両が岩沼警察署に留め置かれていたことになる。
3 原判示第一の手製爆弾の証拠能力について
右の手製爆弾は、五・四迎賓館事件を被疑事実とする本件車両及びその乗員の身体に対する捜索差押許可状に基づき、岩沼警察署に留め置かれた本件車両の荷台を捜索した際に発見され、新たに発付された差押許可状により差し押さえられたものであるが、被告人Dに対する三時間余りの職務質問が違法であるため、それに付随して本件車両の留め置きも違法性を帯び、ひいては右捜索差押許可状に基づく捜索と差押許可状による差押をも違法とする関係が生じている。問題は、その違法の程度である。
そこで、この点について検討すると、第一に、前記の警視庁警察官若杉の原審証言によれば、職務質問の現場から岩沼署に到着直後の午後八時五〇分ころ、電話連絡により五・四迎賓館事件の捜索差押許可状が発付されたことを確認していることが認められる。つまり、被告人Dに対する強制的な連行の開始と前後して、捜索差押許可状が発付されている。ところが、捜索差押許可状については緊急執行の規定を欠くため、東京から新幹線で送られてくる令状を待たなければならず、その間、本件車両の留め置きについて違法状態が続いていたのである。本件車両の積荷に対する捜索は、あくまでも適法な捜索差押許可状によるものであって、職務質問に付随して行う所持品検査とは異なることを特に考慮する必要がある。第二に、本件車両の積荷について職務質問をする高度の必要性があったことも考慮してしかるべきである。職務質問に当たった警察官蔵本らは、本件車両が岩手県の非公然アジトから出てきたもので爆発物を搬送している疑いがあることから職務質問を始め、乗員が黙秘したり、電卓ようの物の表示部をボールペンで突き、便箋大の紙を口に入れてそしゃくしたりし、しかも中核派の非公然活動家ないしそれに似ていることが判明したため、積荷が爆発物である疑いを更に強め、全体として約六時間にわたる職務質問を継続したものである。所論は、令状の到着を待つためのいわゆる時間稼ぎであると非難し、事実としてもそのような結果になってはいるが、積荷が爆発物である疑いが強いという極度の重大性と危険性にかんがみ、その解明のために六時間に及ぶ職務質問を継続することも許されると考える。そのうち、被告人Dに対する三時間余りの違法な職務質問の内容は、前述したようなものであって、原判決が詳述するとおりその違法の程度は重大であるとまではいえない。第三に、次に検討するように軽犯罪法違反の事実による現行犯逮捕が違法でないことからして、捜索後新たな差押許可状による差押が行われるまでの間の本件車両の留め置きの違法性の程度に変化はなく、それが強まっていないことも考慮すべきである。
以上を総合して考察すると、原判示第一の手製爆弾に対する捜索差押手続の帯びる違法の程度は、令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえず、これを証拠として許容することが違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められない。したがって、右手製爆弾の証拠能力は否定されない。
4 軽犯罪法違反の事実による現行犯逮捕について
五・四迎賓館事件の捜索差押許可状による捜索の過程で、手製爆弾二式のほかリュックサックが発見され、そのポケットからカッターナイフが出てきたため、軽犯罪法の正当な理由のない刃物の隠匿携帯に当たるとして、I及び被告人Dが現行犯逮捕されたが、右カッターナイフの捜索手続に前項に述べたような違法があるとしても、その違法の程度が同じく前項に述べたようなものにとどまる場合には、その携帯が軽犯罪法一条二号に該当し、かつ、現行犯逮捕の要件がある限り、現行犯逮捕も許されると解する。ここで問題となる軽犯罪法一条二号についての原判決の判断は、「その構成要件の厳格な解釈上議論の余地がないわけではないが、右のカッターナイフは、PPバンド及び段ボール箱の包装を解き、リュックサックのポケットからこれを取り出すことは比較的容易な状態にあったと認められる上、現行犯逮捕が逮捕当時の即時的な判断によってなされるものであり、被告人Dらが爆発物を搬送していることが強く疑われる状況下にあったことを併せ考えると、軽犯罪法一条二号の事実によりI及び被告人Dの両名を現行犯逮捕したことについては、逮捕当時違法と目すべき点はなかった。」というものである。これに対して、所論は、カッターナイフは厳重に梱包された荷物の中の更にリュックサックのポケットに入っていて直ちに取り出すことができなかったから、「携帯」に当たらず、また、両名の住居は運転免許証に記載されていて明らかであったから、現行犯逮捕の要件にも欠ける、というのである。しかし、PPバンド及び包装を外して段ボール箱を開ける作業にそれほどの時間を要しない、例えば一〇分も二〇分もかからないということを考えると、カッターナイフの取り出しが比較的容易であった旨の原判決の認定も首肯することができる。ただ、このような状態をもって「携帯」とするには厳格な解釈上議論の余地があるとした上、原判決は、即時的な判断が要求される現行犯逮捕の特殊性と当時の逮捕を要する緊急性を理由に軽犯罪法一条二号の事実による現行犯逮捕を適法と判断したものであって、当裁判所も、事実関係は明白であるが実体法の解釈につき微妙な議論がある本件のような場合には、現行犯逮捕が許されると解する。また、所論のいう住居の明確性の点は、運転免許証にその記載があるとしても、住居につき黙秘し、さらには、逮捕に当たった前記若杉が事前にI及び被告人Dの所在が不明である旨の情報を得ていた(若杉の原審証言)ことからして、刑訴法二一七条にいう犯人の住居が明らかでないとの要件を満たしている。なお、所論は、この軽犯罪法違反の事実による逮捕は、爆発物所持の事実により逮捕するためのいわゆる別件逮捕に当たる、というが、押収してある手製爆弾二式を見れば、キャブタイヤケーブルが結束された圧力鍋の形状、延長コードやスイッチボックスの存在などからして外観上も容易に手製爆弾と分かる上、その発見に至るまでの既述の経緯に照らしても、I及び被告人Dを爆発物所持の現行犯人として逮捕することも十分可能であったと考えられるのであって、いわゆる別件を利用して被疑者の取調べをしないと爆発物所持の容疑が固まらず逮捕ができないというような事情はなかったから、警察官が明白と考えた軽犯罪法違反の事実に基づき逮捕したことをもって、別件逮捕ということはできない。
以上の1ないし4に判断したところによれば、被告人Dに対する職務質問の一部に違法はあるとしても、現行犯逮捕には違法がなく、また、手製爆弾二式の証拠能力も否定されず、公訴提起を無効とすべき事情は認められない。その他所論がるる指摘している点を逐一検討しても、右の結論は左右されない。
原判決には所論のような訴訟手続の法令違反はなく、各論旨はいずれも理由がない。
四 訴訟手続の法令違反の主張(弁護人らの控訴趣意第四、被告人Aの同(五)の(1)ないし(4)、同Bの同3の(3)、同Cの同第四章、同G子の同第二章)について
各論旨は、要するに、岩手借家の捜索と証拠物の押収、被告人A、同B、同Cに対する公務執行妨害の事実による各現行犯逮捕、被告人G子に対する職務質問とその後の火薬類取締法違反の被疑事実による通常逮捕は、いずれも違法であり、このような違法な捜査により起訴することは許されず、また、押収した証拠物及びその鑑定書等は証拠として許容されないものであるのに、被告人A、同B、同C、同G子に対し公訴棄却の言渡しをせず、かつ、右の証拠物及びそれに基づき得られた鑑定書等を証拠として採用し有罪の認定をした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
そこで、検討すると、被告人A、同B、同Cに対する公務執行妨害の事実による各現行犯逮捕がいずれも正当であり、また、被告人G子に対する職務質問も違法でないことにつき原判決が詳細に認定判断するところは、いずれも原審記録により正当として是認することができ、当審における事実取調べの結果によっても左右されない。所論にかんがみ若干補足すると、岩手県警警察官らが五・四迎賓館事件を被疑事実とする岩手借家に対する捜索差押許可状に基づき岩手借家に立ち入ろうとした際、被告人G子が「警察だ。」と大声で叫んだことや、被告人A、同B、同Cがそれぞれ入室してきた警察官らに対し暴行を加えてその公務の執行を妨害したことについての関係の警察官らの証言は、具体的で、相互に符合している上、その場にいた全員が公務執行妨害の事実により現行犯逮捕されたわけではなく、H及び被告人G子が逮捕されていない点は右両名につき公務執行妨害の行為がなかったことを示す反面、被告人A、同B、同Cにつきそのような行為があったことを窺わせるものである事情を併せ考えると、その信用性を肯定することができる。所論は、被告人G子が「警察だ。」と大声で叫んだことはなく、悲鳴を揚げたにすぎず、被告人A、同B、同Cは、侵入者らが警察官であることを全く理解することができないまま、抵抗もできずに制圧逮捕されたということを強調するが、右に述べたように警察官らの証言の信用性が認められるほか、被告人らが、日ごろから警察の摘発に対し細心の警戒を払っていて、直ちに対応すべく心掛けていたことが関係証拠により認められることにかんがみ、にわかにこれを採用し難い。また、被告人G子に対する職務質問が同被告人を車両の後部座席中央に座らせ、その両脇に警察官が座った状態で約一〇時間にわたって行われたことにつき、原判決が、被告人G子の関与が強く疑われる犯罪が爆発物の製造、所持という重大なものであるにもかかわらず、同被告人は終始黙秘していた上、その間の捜索の進捗により火薬ようの黒色粉末が発見されるなど嫌疑が高まっていく状況下では、同被告人に対する職務質問継続の必要性も時間の経過とともに高まっていったと認められ、この間、同被告人が退去しようとする素振りを特に示していないことなどをも併せ考えると、実質逮捕に当たらない旨認定判断するところは、相当として是認することができる。なお、被告人G子に対する火薬類取締法違反の被疑事実による通常逮捕について、所論は、逮捕の根拠とされる火薬類が岩手借家から押収されたことの立証がなく、それが火薬類であったか否かも明らかにされていない、というが、Jの原審証言及びFの当審証言によれば、逮捕状請求の資料とされた右F作成の簡易鑑定書の鑑定資料が岩手借家から発見された物であることについては、岩手借家で発見押収された火薬ようのものを警察官渡辺一好が鑑定に付するために持ち出したこと、同人から鑑定のためFがこれを受け取っていることが認められ、しかも、岩手借家からは他に大量の火薬類が発見されており、右警察官がこれとは別の火薬をわざわざ鑑定に付する必要は全くないなどの点に照らして、疑問の余地はないといえる。また、右鑑定の方法についても、Fの当審証言によれば、火薬か否かを確認するに足りる燃焼実験が行われ、その結果火薬類と判明していることが認められるから、これを逮捕状請求の資料としたことに問題はなく、したがって、火薬類取締法違反の被疑事実による逮捕状請求手続に違法はない。
次に、岩手借家から押収された原判示第三の一、二の手製起爆装置一五個、火薬類約二〇・五九六キログラム等は、いずれも証拠として許容されないとする所論につき検討すると、これらの押収物は、五・四迎賓館事件を被疑事実とする岩手借家に対する適法な捜索差押許可状に基づく捜索の過程ですべて発見され、同許可状並びに前記のI及び被告人Dによる爆発物所持を被疑事実として新たに発付された適法な捜索差押許可状に基づき差し押さえられたものであり、その発見、差押状況等につき原判決が詳細に認定説示しているところは、原審記録によりすべて正当と認められる。したがって、これらの捜索差押手続には何らの違法もない。所論は、五・四迎賓館事件の捜索差押許可状の執行方法に違法があるというが、関係証拠によると、回覧板を渡すように装って玄関を開けさせたのは、証拠隠滅を防止するためのやむを得ない措置であったと認められ、その際被告人G子に令状を示していることは、その状況を示す写真もあり、その旨の警察官らの証言もあることから明らかであり、また、被告人A、同B、同Cが公務執行妨害の事実により現行犯逮捕され、Hは任意同行され、残された被告人G子に立会いの意思の有無を確認したが黙秘したため、あらかじめ依頼してあった消防署員を立ち合わせて捜索をしたことが認められるから、立会権を不当に奪ったことにはならない。
以上によれば、被告人A、同B、同Cに対する現行犯逮捕、被告人G子に対する職務質問と通常逮捕には違法がなく、また、手製起爆装置一五個、火薬類約二〇・五九六キログラム等の証拠能力も否定されず、公訴提起を無効とすべき事情は認められない。その他所論がるる指摘している点を逐一検討しても、右の結論は左右されない。
原判決には所論のような訴訟手続の法令違反はなく、各論旨はいずれも理由がない。
五 訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張(弁護人らの控訴趣意第五、被告人Aの同(五)の(5)ないし(7)、同Bの同3の(4)、同Cの同第三章、同G子の同第三章)について
各論旨は、Hの検察官に対する各供述調書及び同人の公判調書中の供述部分(裁判官面前調書)につき、検察官はHの証人尋問に際し殊更証言拒否をさせたものであるばかりか、原裁判所もこれに協力したものであって、右各供述調書は刑訴法三二一条一項、一、二号各前段の供述不能の要件を満たしておらず、かつ、任意性がないものであるから、いずれも証拠能力がないのに、これらを証拠として採用した原裁判所の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があり、さらに、これらに信用性を認めて原判示第一ないし第三の各事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。
しかし、原審記録を精査しても、検察官がHに証言拒否をさせたことを窺わせる事情も、原裁判所がこれに協力したことを窺わせる事情も全く見いだせない。所論は、原裁判所がH証人に対し証言するように十分説得をしないで安易に証言拒否を認めたとしてその訴訟指揮を論難するが、公判調書の当該部分の記載、特に速記録の内容によれば、原裁判所がH証人に証言をするように繰り返し命じ、その拒否の許されない理由についても詳細に告知し、証言拒否に対する制裁についても告知した上、その証言を得るように努めていることが明らかであり、にもかかわらず証言を得ることができなかったと認められるから、これが刑訴法三二一条一項一、二号各前段の供述不能の場合に当たり、その要件を満たしていることが明らかである。
次に、Hの検察官に対する各供述調書により認められるところのHが起訴された後に事実関係について供述するようになった理由や、その供述内容、特に名前を明かせないとして符号を用いて関係者を特定していることなどの点に照らして、これらの任意性を肯定することができる。さらに、その供述内容は、具体的で、かなり詳細であり、岩手借家から押収されたメモ類や証拠物の内容ともよく符合し、内容においても不自然不合理な点は認められないことなどに照らして、信用性も認めることができる。
そうすると、Hの検察官に対する各供述調書及び裁判官面前調書を証拠として採用した原裁判所の訴訟手続には法令違反はなく、また、信用性の認められる以上の供述調書と原判決挙示のその他の証拠とを総合すれば、原判示の各事実を優に認定することができるから、原判決には事実の誤認はない。各論旨はいずれも理由がない。
六 訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りの主張(被告人Aの控訴趣意(三)、(四)、同Bの同4、同Cの同第一章)について
各論旨は、被告人らの行為は正当であって処罰の対象にならないのに、公訴提起を違法として公訴棄却の言渡しをせず、有罪の裁判をした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りがある、というものと解される。
しかし、被告人らの行為は犯罪行為に該当し、これを正当とすべき事由はないから、所論はいずれも前提を欠き、採用することができない。各論旨はいずれも理由がない。
七 量刑不当の主張(弁護人らの控訴趣意第六、被告人Dの同第四章)について
各論旨は、要するに、被告人らに対する原判決の量刑は、いずれも刑期の点及び未決勾留日数の算入が少なすぎる(全部算入された被告人G子を除く。)点において重すぎて不当である、というのである。
そこで検討すると、本件は、中核派に所属する被告人A、同B、同C、同G子が、Hほか数名と共謀の上、治安を妨げ、かつ、人の身体財産を害する目的で、圧力鍋を使用し約六キログラムもの大量の爆薬及び鉛玉六〇個余りをそれぞれ詰め込んだ構造の強力な爆発力を有する爆弾二式を製造し(原判示第一)、同じく中核派に所属する被告人Dが、Iと共謀の上、前同様の目的で、右爆弾二式を本件車両に積載して所持し(同第二)、被告人A、同B、同Cが、共謀の上、前同様の目的で、手製起爆装置一五個を所持するとともに、法定の除外事由がないのに、黒色火薬等の火薬約二〇・五九六キログラムを所持した(同第三)、という事案である。とりわけ、原判示第一、第二に係る手製爆弾の破壊力、殺傷力は極めて大きく、これを使用に供するため搬送中のところを摘発されたものであるが、岩手借家から発見された「最終取扱説明書」その他のメモ類等によれば、これはいわゆる権力の車両を爆破することを目的として製造され、その使用に至るまでの行動につき失敗を許さないほどの綿密な計画を立てていたことが認められるのであって、もし岩沼市内における発見がなければ、公共の安全と秩序を害し、多くの人命等に対し重大な危害を及ぼす可能性が非常に高かったと認められる。原判示第一ないし第三は、中核派の非公然活動の一環として行われた組織的で反社会的な犯行であるというべきである。
被告人Aは、本件の事案の中で、中心的な役割を果たしており、被告人B、同Cはこれに次ぐ役割を果たしていると認められ、被告人D、同G子もそれぞれに重要な役割を果たしている。してみると、被告人Aを懲役九年に、同B、同Cを各懲役八年に、同Dを懲役六年に、同G子を懲役五年にそれぞれ処した原判決の量刑はいずれも相当であり、これらが重すぎて不当であるとはいえない。なお、所論は、原裁判所は、被告人らの思想、信条を理由に重罰を科したとして論難するが、爆発物を製造し、又は所持するという行為自体の重大性、その犯行の動機、目的等から明らかな具体的行為の危険性や高度の違法性などを総合考慮して量刑していることは、原判決の判示からして明らかであり、所論がいうような被告人らの思想、信条に着目した差別的な量刑をしているものとは認められない。
所論は、また、被告人G子を除くその余の各被告人につき、未決勾留日数の算入が過少であるとし、審理が長期化した理由をもっぱら検察官の立証方針や裁判所の審理の仕方に求めているが、それが正当といえないことは原審記録により明らかであり、右記録から認められる諸般の事情を総合すれば、被告人G子を除く各被告人につき第一審判決に至るまで約七年四か月余りの未決勾留日数のうち五年余りの一八五〇日をそれぞれの刑に算入したことをもって少なすぎて不当であるということはできない。各論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中、被告人A、同B、同Cに対し各七〇〇日を、被告人Dに対し一五〇日を原判決のそれぞれの刑に算入し、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により主文掲記のとおり被告人らに負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 神田忠治 裁判官 小出じゅん一)
裁判官 飯田喜信は、転補のため署名押印することができない。
(裁判長裁判官 神田忠治)